現代のニーズに即応しながら生きようとする百年蔵は、やはり多くの類事例がそうであるように、現行法との矛盾が生じます。皮肉ながらも火災により、地域を代表する文化施設としての役割を、いよいよ背負うことになりました。現行法律とは無縁に生きることはできない存在である以上、少しずつではありますが、合法化に向けての是正計画を実行することになりました。前年には、西倉の屋根に採光+排煙窓を設置、本年は、主倉のほぼ全室に同様の開口部を設けました。自然採光という概念のなかった酒蔵に、垂直方向の光が差し込んできました。その他、来客用のトイレ、商談、打合せ室や、各種小部屋の新設、従業員休憩のためのベンチなどを増設しました。

 

 

 

 

 

火災から2ヶ月半で再生工事を行いましたが、後遺症を完全に克服するには、時間が足りませんでした。この年は、そのフォロー工事がメインとなりました。西倉の屋根瓦葺き替え、主倉室内の土壁漆喰塗り替え工事、事務棟破風廻りの、同じく左官改修工事。その他、披露宴用に用いる高砂テーブル(酒桝400個による)を2台新調しました。

 

 

 

 

 

 

10月7日(土)の正午、火災が発生し、屋根の1000平米を焼失しました。その後3ヶ月で復興+再生工事を行い、翌年の新年には、営業を再開することができました。死傷者がゼロであったのがなによりも幸いでしたが、とはいえ、この火災によって焼失したモノ、精神的ダメージは少なくありませんでした。その雰囲気を払拭するために、再生への新しい気持ちを立ち上げ、その証として新しい空間を得ようとしました。無くなった屋根から差し込む光をそのまま透過性の材料にして、これまで蔵にはなかった垂直の光を設けました。そこに、酒蔵としての心棒である、ハネギ(お酒を絞る時にテコの棒として用いる10mほどの樫の木)を吹き抜けの中心に据えました。ハネギの頂部2mは、火災により炭化していますが、記憶を留めるべきではないか、という意見のもと、これを残しました。下記ブログは再生工事期間中(11/10/08〜12/0107)の日記のために始まりました。その後、続けていこうと踏ん張ってますが、時々の更新です。

写真と文章|百年蔵の再生

 

 

 

 

 

 

百年蔵は、酒蔵ウェディング、団体飲食客、コンサート、その他様々なホール機能が日々スケジューリングされています。いわば、木造大空間による、シティーホテルのオルタナティブ(代わりになるもの)ですが、これらを受け入れるハードウェア(建築)も、実は日々の改善が議論されながら、少しずつ変化しています。ガタイとしての酒造場をそのまま用いるところから始まり、どうしても必要な機能や意匠を、後追いで改善していく、という代謝的リノベーションです。この年は、売り場廻りの動線見直しや、着替え室の増設を行い、また中庭の土間の刷新を行いました。

 

 

 

 

 

 

百年蔵の改修に取り組んでいるうちに、どこかでカステロベッキオ(ベローナ/イタリア/設計:カルロスカルパ)を憶念していました。既存部分が既に備えている、歴史の厚み、存在感に対して、現代がどのように接するべきか、の問いそのものです。この年に造作された大扉には、スカルパが様々なところで施したアイアンワークを模倣してみようと思いました。あちらが石造に対する造作であれば、こちらは木造に対する造作、西洋的な歴史を想起する鋼の鍛造、旋盤技術によるステンレスロッドです。結果的にできた室内側の前室の4面は、それぞれ段階をもって造作が足されてきたのですが、この年ようやく一つの空間としてまとまりました。とはいえ、一度に全体(この場合1空間)を構想されたのではなく、バラバラに時間差をもって構想されたゆえの、小さなズレが見て取れると思います。

 

 

 

 

 

 

 

2008年に引き続き、家具や床面の仕上げ等、部分的な刷新を行いました。この酒蔵の創業時には、すくなくとも日本建築として一般的ではなかった、ステンレスやアルミ、真鍮を加えることは、木、土、漆喰、煉瓦、といった見慣れた素材で出来た蔵にとっては、新しい風となります。家具などの小さなスケールに多用することによって、大きな木造空間にとっての添景、点景が生まれます。それらが古さと新しさの振幅を持たせてくれることを目論んでいます。

 

 

 

 

 

 

事はそれまで、ケータリングによって料理が供給されてしたが、いよいよ建物内での調理空間が設けられました。サービスの質の向上=機能的な付加は、古い建築が生き延びるための重要な要素でした。そのほか、接客に関わる家具が必要となり、ほぼ、それらは、カスタムオーダーで発注を受けるようになりました。アルミ素材の成形材(工業製品)と鍛造材(手仕事)を併置しました。百年蔵を選択的(意図的)に訪れる人々は、おそらく、量産的で、平準化されたスタイルや感覚に飽きているのではないだろうかという推測によるもので、彼らの期待を裏切らないことを目指しました。

 

 

 

 

 

前年の壱番蔵改装から半年後、改装範囲の追加発注を得るようになり、いよいよ、デザインとしての「現代」に方針が必要になりました。一年に満たない時間差ですが、同じ仕様を繰り返すことに疑問を抱きました。時間差による微妙なずれ、小さなコントラストのようなものを積み重ねてはどうか。同一素材の中で、微妙な差異がこの木造のダイナミックな架構空間の元で小さく揺れ動いている。いわゆる古民家再生のように、紋切り型の歴史を模造し続けるのでもなく、かといって、過去から飛躍し、現代を堂々と対比させるようなものでもなく、微妙な立ち位置でゆれながら各部がトツトツと代謝していくリノベーションを目指そうと考えました。

 

 

 

 

 

 

明治3年1872年にこの建物群は建設されました。この屋号を継ぐ石蔵家は、黒田官兵衛が関ヶ原合戦の後に博多に移封された時に、岡山から随行してきた一族ということです。産業としての酒造は、ご承知のとおり、存続するためには今日大変厳しい業種ではありますが、ここ博多百年蔵(石蔵酒造)は、地方都市の中心市街からほど近く、また、140年以上の経年を経ても、その営みと建築物の活用に尽力されてきたことにより、今に貴重な現役酒造場が伝えられています。都市環境との特異なコントラストを孕んだ風景そのものが希有ではありますが、なにより建築の歴史の刻み方として、凍結保存ではなく、動態保存として、健やかに現代を活きていこうという存在に、素直に平服します。このような目的の下、弊社による改修デザインがこの年から始まりました。

最初はこの壱番蔵。観光酒蔵としての紋切り型な室内空間を払拭すべく、屋根構造の補強、壁や床の改修、建具の新調、空調設備の刷新。「酒蔵らしさを保ちながら、新しさもある」の始まりとなりました。