見晴らしのよい広めのマンション一室を新たに購入しての、フルリノベーション。上記は、ほぼ全ての仕上げを撤去したスケルトン状態
L字状の既存開口から、見下ろす市内は心地良いが、ここから再度部屋は仕切られていく。

 

梁+天井を駆体顕しの状態。そこから下のみ、造作を行うというデザイン。正直、駆体の意匠性はほぼないに等しい状態のまま、それに対して床から2.2mまでの精緻な造作との対比により、この空間は成り立っている。

 

 

このリノベーションは、施主支給+施主施工が多くを占めた。ネット通販による住設の発注などはもはや減額作法の定石となっているが、ここでは、塗り壁工事の90%を施主施工としたところが、大きな特徴である。施主は、ピアノの調律と修理を請ける、手先の磨かれた潜在的職人、工事の指南は弊社。仕上げはコテアトを残すのではなく、職人技を問われる抑え、気持ち磨き仕上げ。施工実績50平米を超えるあたりから、施主の施工技術も上がり、軌道にのる。最後の部分は、ダイニングとリビングを仕切る壁に穿たれた「社会の窓」と名付けられた開口部の仕舞い。可能な限りエッジを効かせ、内壁は精緻に。素人工事、というふうにはぱっと見は見えないほどにはなった。

 

この住宅は、気持ちの上では、カフェ+飲食店である。プロ級の料理の腕前、プロ級の菓子づくりとコーヒー焙煎、そんな場所に、住人しかいないというのは、生物学の法則に反している。美味しい料理とデザート他があれば、その臭いをかぎつける輩はどこにでもいる。しかし、マンションの規約として不特定多数を相手に営業ができない。ただそれだけ。だから、基本カフェナギコバスキとは、ここから外に羽ばたいて、町のどこかで神出鬼没を装う幻のカフェである。でも、拠点はここにある。キッチンを見れば一目瞭然である。

 

梁から上が、本当にあるがままを認めた代わりに、そこから下にはそれなりに気を配った。枠と駆体との微妙な隙間とか、壁の厚みとか。建具枠と襖枠は揃えてホワイトアッシュ。

突き当たりは、黒漆喰磨き。施工は、施主+設計者だから、日本の職人が培ってきたあの黒光りの黒漆喰には及ばない。それでも、この家に通底するテーマは、「重量感」であったから、ペンキの黒では駄目であった。弥生か、縄文かと言われるなら、迷わず縄文だろう。軽快さ、爽快さの空気感に対して、地を這う重さの安定感、安心感、深さのようなもの。言うまでもなく前者の方が現代の主流だが、この空間は、そういう、「今風」のそよ風とは別の、瑞々しさを保っているようにも思える。

脱衣室の襖戸?を引くと、コンクリート削り跡のまま壁が突き当たりに立ちはだかる。壁は漆喰、床は、タモ。

風呂場も一旦フルスケルトンにしてから、

お風呂場の新調。漆喰の壁+天井、アラスカ桧(米ヒバ)の木風呂と桧のスノコ。リモコンは脱衣室に追いやられている。
家全体のデザインとしては、ミッドセンチュリーを軸足に、ヨーロッパの家具調度品が点々とするも、壁は漆喰、建具は襖、風呂はこの様と、なんともいえない領域横断のさじ加減となった。