紅葉八幡宮の袂に利生院という小さなお堂がありました。ことの由来は、黒田のお殿様のお話にまでさかのぼります。詳しくは、「日曜私観」第166日を読んでいただきたいですが、簡単にいうと、どうもこの小さな丘は山伏に縁がある土地らしく、このお堂の脇に住まわれていた住職も天台宗に属しながら、山岳修験道に関わる信仰を保たれていたようです。しかしながら時代は移り変わり、長らくこの脇の庫裏は空き家になっておりました。所有者は、利生院の成り立ちにちなんで、人様のお役に立つ建物として活用できればとの思いで、思案されていました。

あるとき、これもまたご縁により、(社)古家空家調査連絡会の理事とこの一角の所有者が知り合いだったことがあり、社団の方で、活用の仲介を受け持つことになり、そのまたご縁で、福祉サービス事業を新たに立ち上げたい方がここを気に入られ、そして社団の一員であった設計者と施工者が、ここに紐付けされた、という経緯となりました。

 

 

見ての通り、立派な日本家屋。築年数ははっきりせず、戦前に及び、100年ぐらいではないかとのこと。一部天井を剥がし、梁現しとし、床は杉フローリングへと改修しました。

台所とトイレが、最も大きく改修を加えたところになります。ステンレスによる特注キッチンと、漆喰トイレ、という弊社標準のコンビネーション

既存の格子窓に対して、新しく設けられたトイレの障子戸のパターン。元々この台所に抜ける開口部は床の間の脇の違い棚部分でした。トイレへの開口部も木舞土壁だったところを、土埃を巻き上げながら開口しました。

新しい白木の部分と古い黒褐色化した古い木部分の両者が、一つ所でせめぎ合っております。

実験流しシンクと杉のカウンター。

建具の格子は、元々障子紙が貼られていました。それだけでは、さすがに外の気温が筒抜けになるとのことで、そこにガラスをはめました。冬の間だけ内側に障子紙を貼って、断熱性能を上げる、という考え方です。毎年確実に障子が刷新されるプログラムでもあります。

生活支援のための社会福祉施設となって生まれ変わった御堂脇の庫裏ですが、もちろんのこと、お堂こそがここの場所の核心的な部分になります。なので、施設利用者以外の方々も敷地に踏み入れます。この小さな境内は施設の庭である以前に、やはり御堂の境内です。御堂へお参りする人も、施設へ訪れる人も、各々が、それぞれの願いの某かを込めてここに訪れます。小さな私設、施設ですが、本来的に公共的に開かれた場所です。400年近く前に、藩主の腹痛を平癒させた山伏の生活圏が、今にそのまま踏襲されているとは言えませんが、時代を超え、カタチを変えて、同じこの場所に、どこか共通した精神、心身の健康を得たいという人として当たり前の願いが、面々と集まり続けているようにも思えます。設計や施工は、そのことをかみしめ、かみしめ、既にこの場所に流れている何かに身をおもねた、ということになるのかもしれません。