神官の家

神官の家

カテゴリ
リノベーション 住宅 workshop
敷地
長崎県対馬市上対馬町
用途
専用住宅
延床面積
専有面積約160平米(坪)
構造形式
木造平屋建
工期
2006/7〜2007/2
工事費
約2040万円<42.5万円/坪>(消費税込み)
設計
塩谷英一
施工
神宮工務店

内壁+天井:漆喰仕上げ(ボード下地)
外壁:スギ13t横張/木摺り下地漆喰塗り
/窯業系サイディング12t+塗装
床:無垢木フローリング20t
設備:トイレ+ガスボイラ+エアコン+上下水道

神官の家
リノベーション前

ギャラリーを営むSさんに誘われて、離島対馬を訪ねたところから、この家の再生が始まった。福岡から厳原へ飛行機で30分、そこから、レンタカーに乗り換えて陸路を1時間30分。比田勝という小さな港町は、もう向こうを見やると韓国の釜山が見えそうなほどに、対馬の北端に位置してる。其処に陶工Tさんの家があった。(「陶芸家」と言わないのは、本人の希望が含まれている。)
家は築200年に達するという。オモテには、銀色のアルミサッシが並んでいて、そう古くはない繕いがなされているが、瓦の古さ、そして、内部の柱梁の古い部分だけを見ていると、二世紀前からの存在の強さが伝わってくる。Tさんとその奥さんと、Sさんとで卓袱台を囲んで、薄暗い居間でいかほどかの話しをした。後でわかったことだが、この5年間、家をどうするか、度々話し合い、度々話は棚上げになり、ズルズルと方針が定まらず、挙げ句の果てに、とうとうプロの意見を聞こうということになって私が呼ばれた、ということであった。

神官の家
リノベーション後

奥さんはご主人同様に地元の方であったが、やはり日夜炊事掃除をする当本人であり、綺麗で真新しい住宅へ建て直したかった。一方ご主人は、5代前の先祖がこれを建てて、以来、各代がここに住み暮らしてきた歴史の重みと、そして自らも育てられたこの家に、なにがしかの思い入れ、それがまったく別物になることへの未練があったようだ。それぞれの思いの矛盾が、結論を先送りにしてきた。

ひとしきりあたりを見回して、おもむろに即答した。「こんなにりっぱな構造があるのですから、基本的な構造は、大事に用いましょう。」その他、後付けでくっついているものは、全部取り剥がして、新しくすればいい。キッチンもお風呂もトイレも、全部やり直せばいい、という、建築設計者としては至極当たり前の発想を示した。

ご主人にとっては、代々伝えられてきた家の大事な骨格を存続させながら、奥さんも納得させることができるのであればということで、二つ返事で頷いてくれた。(奥さんはその段階では、半信半疑であったに違いない)

予算は2000万円。島では立派に新築が建て替えられる予算であったが、そこをまるまる改築計画にあてがうことになった。世界中に起こっていることを想像すれば、なんの不思議もないお金の使い方であるが、当時の対馬の集落では、かように古い家を残しながら、現代的生活空間へ変貌させるような事例は、皆無であったという。対馬の夫婦にとっては、大変な決断であっただろう。それをそうさせたのは、家というモノに対する労りとか、愛着とか、歴史とか、言葉になりにくい感覚のところに蓋をせずに、振る舞われたからに違いない。

神官の家
外壁(対馬の杉)、建具(米ヒバ)、ステンレスメッシュ、真鍮押縁、素材の混成。ちなみに島に木製建具屋はいなかったので、大川から来て貰った。
神官の家

この家のタイトル、「神官の家」はどこから来たかというと、施主が、陶工である以前に、地元氏神様の神主を務めておられるところから。思えば、対馬は、日本の原始神道を温存する文化の涵養地。
写真上は、玄関入って直ぐの押板(=床の間)。地元の赤土で壁と床板を塗った。地元の左官屋さんは、土をもう何十年も触っていないということで、仕方なく設計者が塗った。材料の手配は陶工T。ヤキモノに使われる貴重な赤土であった。この床の間は、床の間の原型どおり、神仏を祀る空間でもある。
写真下は、対馬の典型的な仏壇。神仏習合、というより、神仏はすべて神道的に祀られる。

神官の家
写真下:居間=野太い梁が井桁に組まれた、オリジナルの構造体。そこに照明が仕組まれる200年後の架構が絡まる。 奥の開口部は、L=4m×H=1.1mの一枚のガラス框戸で、人力により上に上がり、庭に向かって全開する。 ちなみにこの段階で南庭となっているところは、かつては、風呂とトイレであった。現代のコチコチ頭からは信じられない間取りであった。
神官の家
神官の家
神官の家
新しい材は新しい白木のまま、古い材は、年相応の古いまま、隣り合わせ、せめぎ合うのをそのまま眺める。
神官の家
ランマの彫り物は、最近のものであれば、ほぼ間違いなく機械彫りであるが、当然これは手彫り。好き嫌いではなく、残す。そこに、なんだかブリティッシュな家具が、どこからともなく運び込まれてきた。この意外性、アドリブ。
神官の家
最後に風呂トイレ。これらは増築された新しい造形の中に仕組まれた。柱梁という構造ではなく、すべて間柱で構成された空間。既存の母屋はいうまでもなく矩形の世界を免れないが、新しい空間には新しいカタチを作ることができる。「一戸で二度美味しい 」を狙った。
神官の家
2007年
神官の家
2013

上記二枚の写真は、2007年竣工当時とその6年後の正面。下の二枚も同一フレームの時間差カット。見事な退色の好事例。対馬杉を対馬で用いたという、絵に描いたような地産地消。なまじっか、島外から材料を持ってくるのは離島故割高となるので、この選択肢しかなかったのだが、この美しく均一な退色のされかたは、地場のモノを地場で使ったからなのかと思いたくなるような事例であった。たいていは、大小の軒下のところだけ雨が掛からず退色が遅れてムラになるのだが、おそらく本土よりよほど横風が強いのだろう、そういうムラがない。

神官の家
左 2007  右 2013
神官の家
自然が創り出した美しいダーク色を知ると、塗装で瞬間的に再現したものとの差を知ることにもなる

そののち