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2009. 5. 10

第74(日)生身の情報

アーキニアリング展という建築の模型展が今日終わった。これは是非東京等の大都市圏で独り占めすべき内容ではないという動機の他に、専門領域の趣味趣向に閉じた展覧会のようでいて、そうではない面白みがあると思い、運営に参画した。例えば医学的な探求によりしばしば創り出される人体解剖図や模型(人体プラストミック標本)の展覧会に老若男女が足を運ぶのと同じように、建築の表面をめくった内部構造が露わになることは多くの人にとって痛快であっただろう。
模型は、実物を縮小した写しとはいえ、人の手による実物が現前する。写真や映像よりも人間の営みのなにか新鮮なものが介在する。展覧会に併せて、著名なゲストを迎えてのレクチャーも同様、やはり生身の生命力を介した新鮮な情報に触れることのできる機会である。思えば、地方都市は、こういう機会が大都市圏に比べて、圧倒的に欠落しがちである。食物、映像、書籍、その他の量産できる物資については全国津々浦々ほとんどイーブンの環境を得ているが、ライブの音楽や、芝居、講演会等、人間を含めたコピーできない産物の生身情報は、いつも大都市圏に遠く及ばない。仮にこれらの都市的な産物をもって文化の度合いを測った場合はそうなってしまう。17世紀のオランダの画家フェルメールの展覧会などは関東や関西ではちょくちょく作品が開示される機会があったが、福岡などの地方都市をかすめることがない。デンマークの画家ハーマンスホイなどに至っては、展覧会が開かれることそのものが貴重で、そういうものは東京展のみとなってしまう。
大量につくるものだけが安価になり、そうでないものはそれだけで高価になるという単純な原理と似ていて、人口規模こそが複製できない産物の生身情報を担保する。だから、そういう情報の某に強く惹かれる人は、高価な旅費を払って大都市圏へ赴くのである。もし、地方が大都市圏にうずまく生身情報を精力的にたぐり寄せようとするならば、地方巡回に対しては財布のひもをいくらかでも寛大に開くことから始める必要がある。東京で1200円を必要とした入場料が福岡で1800円となるのは、人口比例(約10:1)等を冷静に鑑みるならば、むしろ安いぐらいであると考えてもいいのではないか。これらの情報に関心を示す彼らは、こんなふうにちょっと背後を想像することで、フラストレーションをやわらげることができるようになる。そして、「ちょっと高いが仕方のないことである」「東京へわざわざ足を運ぶよりもよほど安上がりである」という理知が一人ずつに芽生えていったなら、立ち消えしがちな生身情報の地方巡回は俄然確立を増してくるはずである。
アーキニアリング展は、東京展に続き、九州でも建築学生や職能者が知見を深めるのに役に立ったのではと思う。そして、専門領域を超えて、老若男女に楽しんでもらえた様子までもかいま見えたことは、なによりであった。だが、その幕内は、実に厳しい。日本建築学会や同構造家協会の主催とはなっているが、真実は少数の有志による完全なるボランティアと、蓋を開けてみると雀の涙ほどの実行予算に驚きながら個人的な配慮でかき集められた偶然の資金でもって、辛うじて成立している。なにを言いたいかというと、この先の未来、これらの生身の情報をたぐり寄せ続ける根本的な力を我々地方は育んでいないのではないか、ということである。次回も再び、限られた有志の人的金銭的犠牲の果てという偶発を期待することになる。理想はそうやってその時々の犠牲において成り立つということを、承知はしている。与える側と与えられる側が、その時々において生じることも頭ではわかる。だが、各地を巡ろうという生命力ある情報の類に、より多くの一人一人が、年に一度のお年玉感覚で生鮮情報の手前にある賽銭箱に快く投げ入れる、そういう小さなアクションが集積するなら、それはすなわち場所の底力である。例えば、「地方に人材を」という絵空事でしかなかった標語は、実像へ向かい始めるのではと思うのである。

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