2010. 3. 7

第90(日)インテリアに宿るもの

昨日は、日本を代表するインテリアデザイナー、杉本貴志氏の講演会に脚を運んだ。toto出版より事前に、たくさんの人に来て貰えるように声かけして欲しいの依頼があった。最初は50名どうのこうのと言われていたので、それくらいなら簡単に集まるでしょうと軽く受け答えをしていた。ところがその後届いたチラシには会場637名定員とある。やはり定員に近い人間の数がないと、こういう場というのは、実に寂しい。(かつて800名定員の空間に100名程度が散らばったシンポジウム関わったことがある)桜として、事務所総動員、遠方から友人、近場から身内をも動員して会場に臨んだ。しかし蓋を開けてみると、ほぼ満員である。テレビでおなじみの誰それとか、ビーズコンサート、みたいなポピュラーな催しはその範疇外であるが、建築デザイン系講演者の知名度は基本的に業界の外に拡がりにくく、この類の入場者数は、その地域の教養というか、民度のようなものを露呈してしまう。そんなだから、この満員の状態は、どういう動員があったにせよ、すばらしいことである。
内容もまた味わい深いものであった。インテリアデザイナーの仕事の舞台となる商業空間というのは、短命な現代建築以上に短命な宿命を背負っていて、なかなかものづくりとしての思想の深さが育まれにくいのではないか、などと勝手な思いこみをしていたのだが、殊、杉本氏に限って言うなら、その恥ずべき先入観は撤回されなければならない。無印良品の店や、アジアを中心とするハイアットホテルを手がけながら、人間の文化に対して思慮し続けてきた氏の内的葛藤に敬意を表しなければならない。生半可な建築家よりはよほど、哲学的な仕事だと受け止めた。
幸か不幸か、この講演会のレポートを兼ねた杉本作品集の書評を書かなくてはならない。東京の無印や、ハイアットホテルなどは一応見知ってはいるが、それだけで書評なぞ書いていいものか疑問に思った。福岡の人工島にあるアイランドタワーというお上りさんなマンションの供用部分にデザインされた氏の茶室を尋ねようと問い合わせたが、管理会社から拝観不可の門前払い。出版社~杉本氏を経由してその門前を突破することも考えたが、もっと興味深い作品が鹿児島にあることが解り、そちらへあっさり気分を持って行かれた。全国的にも、ものすごく有名だという温泉、妙見石原荘。築70年の米倉石蔵を移築し、内部をレストランや客室としてコンバージョンされているという。その他全体計画を2008年に4億をかけて改装されたという。平日に温泉に浸かるなど呑気かと思ったが、九州内とはいえ遠路、そして杉本作品が偶々温泉であったと、都合のいい解釈をし、そこに一晩泊まる計画。杉本氏が手がけた露天風呂つきの客室は平日なのに5万円/泊/人とあり、詐欺でも働かない限り手が届かない。最安の部屋を起点に、館内を眼球の底にすりつけるように見回る明日の我が姿を想像する。まるで建築学生。原稿料は、貰う前に炭酸泉の泡と化す。

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