2011. 4. 24

第119(日)木:大工:山下正巳-2(物心集)

山下さんの工場が、普通の大工工務店と異なる二つ目です。Y技術研究所と名付けられた一室。これも、他人からではなく、自分から自分へ向けて発注した内装工事になります。その入り口に建つ限りでは、なんてことないベニヤの壁、工場の中に併設された倉庫のような簡素なイデタチです。どこかの現場の余りをココに付けた、というような引き戸を開くと、中は別世界、珠玉の大工仕事で出来た応接空間が忽然と現れます。床はレッドシダー、壁はジュラクに様々な雑木の柱や梁、枠材、木材料の随所にナグリが込められています。ナグリとは日本の木造意匠の一つで、彫刻の彫り込みを施すものです。木材ならほとんどどれにもある木目は二次元の意匠、彫り込みを行うと三次元になります。ちょっと高級な日本料理店などで見かけたりしますが、手仕事だと手間がかかりすぎるということで今日の大抵のものは機械彫りのようです。わざわざ手を加えるという意味では人間の作為に他なりませんが、そういう雰囲気というより、木の本随のようなものが表に顕れてくる感じがします。山下さんは、ことある事にナグリを薦めます。彼は、そのナグリが契約図面に指定されていなくても、工事の途中で、これをやってみませんかと、設計者や施主に詰め寄る。手間が増える一方ですが、それでも木の木たる何かを顕したい、そういう気迫がこもるのか、彼らは次第に説得され、遂に折れ、建築の部位にそれが刻まれることになります。
話が飛びましたが、この山下技術研究所、明らかに大事なお客を契約時に迎え入れる会社のVIPルームの様ですが、残念ながらここは工場、本社から車で30以上かかる田園に位置しています。工場を覗きたいモノ好きなお客さんが訪れる日が有ればそれは特別で、普段は大工さんたちの食堂です。大きなはめ殺しガラス越しに女竹がきれいに並べられた坪庭を眺めながら、各々持参の弁当を秋田杉のランチョンマットの上に置いてのランチタイムです。普段は木クズまみれで木と向き合うけれども、大工は完成物としての空間の品位を知っていないといけない、そういう教育的観点もかいま見えます。
さて、現代技術に囲まれた現代建築の世界に、山下さんのようなねじりハチマキ風の職人がどのように生きているか、気になるところです。木造に関して言うなら、プレカットという技術体系の普及は、彼ら日本の在来木造を担ってきた職人の仕事の領域を包囲しています。プレカット工場は、木材切り刻んでいく線を入れる「墨付け」、その線に従って刻み込む「刻み」までを、機械が一手にやってしまう技術です。CAD/CAM方式というシステムを用いて、コンピューター上の製作図面がそのまま直接工場のロボットノコギリへ命令して、大変なスピードで木材を加工します。ついでにそれらを現場でくみ上げたときに構造的に大丈夫かどうかも、コンピューターが判定してくれます。こんなに便利な工場が、日本の各地に点在していて、つまりは、現代のほとんどの大工さんは、大工の仕事であった上記の部分を、お金を払って外注しているわけです。廻りが皆、こういうスピードと精度で家を建てていて、山下さんだけが相変わらずノミをもってトンカチやっているかというと、それほどまでには彼は天然記念物ではありません。必要あらば、構造材の全てをプレカット工場に外注することもあります。また、コンピューターとは連動していませんが、プレカット加工のための工作機械を自前でもっていて、外注なしに職人手間の省力化を図ることができるようになっています。むしろ、省力化のための機械導入は、地場工務店としては、素早い方であったようです。しかし、プレカット工法はカタチが一般的ないわゆる普通の家型であれば採用可能ですが、ちょっと平面に角度がついたり、特殊な構造になると、工場はその仕事を引き受けません。なんとか懇願して、可能な部材だけを発注する場合もありますが、コスト的時間的メリットが危ういものになります。こういう難儀な時に、いわゆる手刻み、が出番となります。「手刻み」の存在意義は、一言で言うなら自由造形としての木造技術です。オートメーションで量産するプレカット技術がフォローできない領域において、結局は人間の手が俄然有利になるということがあります。もちろん職人の幾何学的技術と加工技術がしっかりしていることが条件です。手刻みしかできない住宅の依頼がこの大工工務店に集まってくる、それを常に受け入れられるよう、職人が腕を磨いて待っている。そういう循環において、山下さん以下の工務店は現代に生きているということになります。木でもっていかなる造形もやってこなす技術、そこを宛にする依頼者。双方の存在がなければ、住宅産業はお金とモノが動いているだけの只只退屈な世界となってしまいそうです。少数派であってもいいと思いますが、当たり前に必要な世界、のような気がします。

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