2022. 1. 30

第195(日)眺望レクチャー1

設計事務所と言えば、わりあい、市中に構えるのが普通と思う。事業所なのだから、出入りする人々の都合を考えると、自然とそうなる。様々な都合があり、また縁がおそらくあって、福岡市を見下ろす標高84mの山の頂上に、自宅兼事務所を再配置することになった。自分自身は置いておいても、スタッフや、来客の方々が、さぞ大変だろうことは、ここに決める前からわかりきっていた。だから、なにか、(地価の高い)市中では出来ないこと、無いものを仕組もう、と考えた。スタンディングバーカウンター。設計事務所に併設されていたら、なにか好都合なことはあるだろうか?わからない。元々、賄い飯は自炊していたから、キッチンはいずれにせよ必要だったし、元々、打ち合わせテーブルは立式(H=1050)で行っていたから、その面積が増幅されるのは歓迎、図面はいくら拡げる場所が合っても過ぎることはない。

車であればなんてことないが、歩いてきたら80mの(超低山)登山だから、それなりにきつい。そこに眺望と、お話、と飲み物で、お茶?を濁す、という「お」が付かない種の「もてなし」を常習したらどうか、と考えた。市中の隠(いん)、ならぬ市中の頂(いただき)。カウンターキッチンの背面は、機能的には吊り棚が欲しくなるが、高級寿司屋さながら、ぐっと我慢して、漆喰壁に明け渡す。そこにプロジェクターを投影する。その脇の既存アルミサッシから、志賀島を望む。厨房レクチャーと言うか、眺望レクチャーと言うか迷ったが、「眺望」には、空間のみならず時間的な眺望も含むだろうから、その気取りを捨てないことにした。

第一回目は、青田興明さん。新進気鋭の若手建築家、という言葉は、彼には似合わない。なんと表現したらいいだろう。建築家は、図面を描き、職人が作る、という当たり前の構図は、彼にはない。図面を描くが、そのままその図面を持って、現場の一職人になる。図面は、当然他の職人が作るためであるが、彼にとっては立案者、構想者としての本気度=決意を伝える血判状のようなものである。それを受け取り、見積書が受理された以降は、職人は逃げ口上なものづくりへの退路を断たれる。「ここにきちんと描いている」と言い続けられるために、図面一式が描かれている。

左下:青田興明さん 「Y先生のキッチン」改修について パンとワインと一緒に

 

また、彼は、時に現場監督であり、打設工であり、内装工であり、雑能工である。いや基本は設計者である。職人が手を抜かないように、図面を隅々まで描く一方、それでも、職人にとっては隠れた仕事が現場に発生するから、彼が、それをフォローする工事を行う。例えば、タイル貼りの出隅が綺麗な間隔となるためのタイルの隅切りを、職人が入るまえに彼がその段取りを終えている。フォロー工事という聞き慣れない工種名は、彼のために今、僕が考えた。職人がいい仕事をするために、徹底的に自己を変容させる、恐ろしい建築家である。職人がへんな仕事をしないために、構法をプラモデル化していくビジョンとは540°向きが異なっている。(ここに可能性が潜んでいる)また、今回のY先生のキッチン改修のように、施主さんが住まわれた状態での内装改修には、彼のような全体を握っている人間が現場に張り付くものづくりスタイルは、煙たがれる以上に、安心の方が勝るはず。結果、良いマッチングとなった。特殊かつ、希有な存在を、鋭敏な施主は見逃さなかった。

 

最後に彼が、この現場から得られたまとめがよかった。飲み食いしながらだったから、詳しい文言は忘れたが、「構法やディテイル、作り手情報の共有」の意義が述べられた。僕たち、一匹狼は、一緒に仕事をする人数が少ない分だけ、生身の情報量は少なくなる。雑誌の類いが、良質な情報共有のなにがしかを穴埋めしてくれるが、人間で共有しあうことの豊かさとは同一でない。事務所が大きくなればなるほど、これらの情報は豊かになっていくが、比例して不自由さも必然となるから、小さくものづくりをしているのだ。だからこそ、互いに独立した状態のまま、システマティックな情報共有ができる仲間が必要だろう、と少し前から、自分も考えていた。どういう仲間と共同するかは、もちろん、各々の自由だが、僕たちは、とりあえず、「漆喰と木」、それにまつわる職人の技術、もう少し広範囲に構えて「技術のデザイン」、ということが共通項になりそうだ、ということころまではなんとか突き止めている。

 

 

 

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