2025. 11. 5 permalink
若杉山から杉の木を頂いてから、早1年半が経ち、ようやく今回工事の本丸である玄関前の立柱に至ることができた。予定から約半年ほど遅れての着手になる。明文化されていない法律の解釈をめぐる役所との問答に時間を費やしてしまい、数度にわたり設計変更を余儀なくされたことが原因である。計画当初は、この柱に木造の下屋を取り付け、上部をガラス等の壁で雨水の侵入を遮断することで、靴の脱ぎ履きができる大きな玄関ポーチとする予定であったが、問答の末、下屋は柱とは縁を切った独立した鉄骨造として作り、また上部の壁はそもそもNGとなった。
工期の遅れや設計変更は、総じて言えば設計者の責任に違いないが、やりとりの詳細を見ていくと必ずしもそうとは言い切れず、相手側(役所)の明文化されていない事象に対する手探りの回答に大きく振り回されてしまったことは事実である。
通常であれば、クライアントからお叱りを受けて然るべき出来事であるが、「結果的にそうなってよかったと後から気が付くことはよくあります。気がつけないうちは他人のせいにしてしまうものです。今回の遅れは期が成熟するのに必要な時間でした。」と、思いもよらない寛大な言葉を頂いた。こうした豊かな心に学び、「8本の柱には何もつけてくれるな」という役所の判断を、この柱が依り代であることを強く再認識するきっかけと捉えることにした。各柱には〆縄が巻かれることになる。
つくるほうも一筋縄ではいかなった。既存の庇が上部に迫り出しており、通常のようにクレーンで上から吊り込むような建て方ができないからだ。現場監督の発案により、お祭りさながらのダイナミックな建て方が行われた。まずは少し離れたところで、あらかじめ構造を組む。歪な形をした丸太への手刻みが正確だったため、柱梁の仕口は面白いようにピタッっと決まった。次にこの縦横約2m四方高さ6m越えの木架構を丸ごとクレーンで吊る。クレーンのテンションがかかるにつれ、ミシミシっという音が徐々に大きくなっていき、身構えるほどに大きなったあたりで浮き上がり、その瞬間音が止んだ。上空を漂う構造体は、重さも大きさも感じられず、風に揺られる凧のように見えた。緊張感の混じった不思議な瞬間だった。着地したあとは、あらかじめ敷いて置いた鉄筋棒をころの代わりにして、人力でスライドさせて所定の位置に据えた。
8本全てが据えられたとき、ここまでの苦しかったこと(特に役所問答)がフラッシュバックし、安堵で目頭が熱くなった。あらゆる因果に導かれてようやくここに8本の柱が立った。
終わりがけ、柱の近くにナナフシがいることに気が付く。作業で下敷きになったら可哀想だから、近くの桜の木に移してやったが、ふと何かこれにも意味があるのか調べてみると、土地の神様、仏様からの特別な歓迎と強いご加護を示しているとのことだった。皆の思いが、見えない何かにきちんと伝わっているような気がした。完成は2月末の予定になる。
(米満光平)
