2009. 6. 21

第77(日)ご当地、名産、好み

カレーライスに使われる食材の自給率をカウントすると67%だという。全食料自給率が40%であるから、カレーライスは、現在の食料生産構造からすれば、堂々とした「日本の食べ物」である。それに対して、「天ぷら蕎麦」は、醤油=0%、エビ=5%、卵=10%、小麦粉=14%、蕎麦=23%と、食材のほとんどは輸入していて、その自給率は僅か20%とのこと。私たちが日本食だと思っていた天ぷら蕎麦は、この切り口で見るかぎり、「日本の食べ物」であるのか、疑わしくなる。
こういう変な感覚は、辛子明太子のことを調べたときにも起こった。博多名産の明太子は、株式会社ふくやの創業者が韓国のミョンランジョという食べ物をヒントに日本人好みに仕立てた、いわば発明品といってもいいものだが、その素材のほとんどすべては、博多から外地のものである。スケトウダラはアラスカ~オホーツク海、昆布は羅臼、唐辛子は京都、酒は伏見などと、こだわればこだわるほど遠方から名品一品をかき集めてつくられている。(産地は商品にもよる)
その製品の生産履歴を辿っていく行為、そのルートの透明性のようなものを、食品業を先頭に製造業の世界ではトレーサビリティー(traceability)というらしいが、そんなふうにして迂闊にもずけずけと化けの皮を剥いでいくと、地方名産=最近では「ご当地グルメ」といわれるものの内実は、素材の出所とは関係がないという、なんとも拍子抜けの結末となる。もはや、その土地の食を示す全てには、その土地で採れたものの意は含まれていない。土地の人々がこよなく愛好している、とか、それを組み立てるための編集作業が優れている、もしくは、観光資源として育んでいる、という意味に凝縮されている。
あるいは、大川家具。筑後川の河口部に位置する小さな町、かつて内地材で家具をつくっていた時代には、上流から運ばれてきた木材の集積地という地理を活かして家具技術が栄えた。そのうち家具は内地の杉材から外材(堅木)へ趣向が変わるにつれて、材料の集積地としての利点はなくなり、専ら加工技術ということでそのブランドを維持していく時代となる。その技術が、しかしアドバンテージを維持していくには、工業の近代化(機械化)は非情なスピードを持っていた。ついに、技術の集積地である利点も(相対的に)失われていった。残るは感性(≒デザイン力)だということになった。しかし、これは最も育ちにくい。その方法も一筋縄ではない。デザインを買うことは容易であっても、それなら、大川でなくても出来るではないかということになってしまう。
天ぷら蕎麦は日本の食材でつくられるべき、の理想は確かにある。だが、これは大川家具に例えるなら、筑後川で日田杉を運んできて、家具をつくろう、と言っていることと同じになる。個人的にはキライではないが、こういう理想はだけでは、欠落するものもまた多い。天ぷら蕎麦はご当地を離れて、例えばベトナムの屋台でも喰えるようになっていくのである。そういうグローバリズム時代だからこそ、「本当にうまい天ぷら蕎麦とはどんなものかを知っている」という、とぎすまされた「好み」とその母集団こそが、ご当地に託されたご当地たる由縁なのではないだろうか。もののグレードを決定的に左右するのは、地物であることや技術を持っているだけではもはや裸の王様も同然で、最終的には時間をかけて育まれてできた感性がものをいう。そういうところへ厳しく追い込まれているように思う。

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